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日々のあと

小川さくら。1992- 別府市育ち、京都在住。生活と活動の記録・情報。

"短編"カテゴリーの記事一覧

  • 行遇

    雨の日が続く。

    それも予感の無い雨が、雷の音と共にズァっ、と降ってはパタリ、止み。一旦休憩を置いて、再びズァっ、パタリ。これを一日の間に二度三度繰り返し、一面灰色の、三分の一のどす黒さを抱えた空は唸り続ける。

    九月上旬、未だ蒸し暑さを含む部屋。昼間からベッドに倒れ込んで眠りこけていた。
    突拍子もない天候の変化の度にぼんやり目を覚まして、ツトトン、ツトトン、ズドドドド、とリズムを変化させながら屋根を打ち付ける雨音を。
    はじめ、夢の中で聞いた。
    拍手喝采、とばかりに雨音が激しくなって、その音がピークに達した時に目が覚めた。また雨だ。へんてこな雨。ぼんやりした頭でそう思った。「異常気象」という毎年耳にするフレーズを思い浮かべ、去年の異常さはどんなだっけ、と思い返そうとしたが。先ほどまでの夢の中の残像がふ、と頭をよぎってきたのに邪魔をされた。
    真ん丸い、私の背丈の二倍三倍、確かそれ以上はあった巨大な月が、ベランダにつっ立っている私の真ん前にどしりと浮かぶ画。それを思い出して若干ぞくりとしたのは、息遣いが聞こえそうなくらいの月が、月であるのに生々しくって、やりきれない恐怖を感じさせるものだったからで。鮮明にしっかりと思い出したあと息を深めに吸って、吐いて、奇妙な月の姿に後味の悪さを感じていた。午後四時少し過ぎ。雨音は消え、西側の長方形の窓から夕方の陽がじわり。じりじり。射し込む。


    五日前の晩。
    夜風が行ったり来たりする部屋には虚しさが立ち込めていた。胸の左側をドライバーで雑にほじくられたボロな穴に涼しい風が通ってゆく。そんな感じだった。
    いつもより気を利かせて、いつもより大きな声量で。なるべく身の丈が伝播するように、選んだ言葉を宙に放ってみるものの、それは煙のように上へ上へと昇っていったあと行き場を無くして天井を彷徨っている。ああ駄目なのかもしれない。というか、もうてんで駄目だ。というヘタレな台詞だけは決して口には出さなかった。

    いや出せなかった。あの人は、居心地悪そうにもじもじしながら、申し訳なさそうにただ、うん、うん、と相槌を打つが。その声はいつもよりも特に小さかったしたまに無言にもなった。消化されなかった言葉だけが天井に溜まる。風は網戸から行ったり来たりしているはずだったが、部屋には息をするのも億劫なくらいの虚しさが立ち込めていた。


    あ。分かった。夢の中の昭昭とした月はほら、あれだ。五日前の虚しい部屋で、それでもどうにかなるかもしれない、と足掻く私のヘタレな姿を冷静に、次いで謙虚な気持ちで見つめているあの人のイミテーションだったのだ。たったのひとことで救われることがあるかもしれない。と、期待或いは好都合な予感を最後まで持ち続けていた私に、核心的な言葉ひとつも放さずに一掃した、あの人が放つ絶望感。あり得ないくらい近くで私を見つめていた大きな大きな月の目は、私に五日前の虚しさを繰り返し繰り返し浴びせ続けていた。


    終焉の予感。これまで味わってきた優雅な気持ちも、胸の底から幸福の泉が昏昏と湧き上がるあの感覚も、全て終わってしまうのだと思った。やりきれない恐怖だった。あの人が部屋を去ったあと、奇声にも似たうめき声をひとりであげた。
    私は、とてもぐずぐずだった。



    ━━ぐずぐずのまんま一日は終わってゆく。かき集めた妄想を布団の中に閉じ込め、その中に埋もれながら不毛な連夜を過ごしている。一日の境目がどこかも分からず、身体の調子やそれに伴うものは所々でぐずりだす。

    午後五時半。
    誰に対してか分からない罪悪感に苛まれながら夕方の窓の方に目をやった。いつ現れたのか、赤紫のうろこ雲が窓ガラス越しにひしめきあっているのが見えた。胸がざわり、と咄嗟に動いた。ベッドに重く沈み込んだ腰が何かに促されたように上がり、ベランダへと足が趣いた。


     空が。その西側は特に、確かにいつもとは違う表情をしていた。西に向かうにつれ濃くなってゆく紅色のグラデージョンは何というか、どぎつくて、全然ナチュラルじゃあなくて、今年見たどんな空の色とも違っていた。時空が歪んでいるのかと疑うくらい現実離れしている赤紫色は、徐々にごうごうと、音のない擬音でわめき、紅く。先っちょに濃い橙を染み込ませ、紅く。燃えていた。
    口をぎゅう、と固く結び、眉をひそめ、意識の外で顔が歪んでいた。過ぎ去ったあの頃、但し何時のものかは分からないあの頃が再び舞い戻ってきたような錯覚に陥っていた。突拍子もない夕方の空に、すっ飛んでいった懐かしさを真正面から教えられたようだった。本当に、とても懐かしくって。だけど数秒後には絶対に出会えないであろうこの空気は。泣き叫びたいくらい嬉しく、それ以上にとても痛いもんだった。
    なぜだかわからない、良い予感も悪い予感も、両方した。


    もう何度も再会を繰り返している。季節の変わり目、突拍子もなくやってくるいびつな空。終焉の予感。再起の日。
    実際は。季節も人も。少しずつ少しずつ、日々の中で様々は微妙に変わり続けていた。(変わり始めていたというよりは、皆、磁力みたいなものでどこかへとじわじわと引き寄せられていたのかもしれないのだが。)
    ぽん、と爆発したように一気に何かが崩れ去る日にさえ、結末は無かったし、ナメクジのように這い回った日々を経て始まったような気がする日にだって、誰かが私の耳元でスターターを鳴らしたわけではなかった。

    私とあの人、あの娘や路上にいる野良猫が。ときにそれぞれの凹凸にハマり、崩れ、そしてまたハマりを繰り返し。それぞれの頻度に於いて日々の中、行き合っていた。
    仰々しい夕暮れ空は変わってゆくことを鮮明に示し、日々が淡々さと白白しく、地味な速度でうごめいていることを暗示する。


    夜七時のニュース番組。最後の天気予報では、秋はすぐそこです、と髪を緩くまいた女性天気予報士が少し弾んだ声で言い、お出かけの際は一枚羽織るものを、と呼びかける。庭の木蓮の葉が夜風でざぁ、と揺れ動いていた。

    私は、あの人の綺麗なまつ毛が揺れている画を思い返し、ぐずっていた身体を洗い流そうと風呂へ急ぐ。


    ※この物語は2014年秋に 同タイトルの曲に合わせてつくったものです。初めての試みにより 乱文が目立ちすみません。読んでくださってありがとうございました。興味のある方はメニューからYouTubeにとべるので曲もきいてみてください。

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