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日々のあと

小川さくら。1992- 別府市育ち、京都在住。生活と活動の記録・情報。

"未選択"カテゴリーの記事一覧

  • 残火
    布団も敷かずにこんこんと眠り、奇妙な夢をみる。
    午前3時半 目が覚め何か胸騒ぎがし、携帯をみると 報せが入っていた。



    猛暑の日中、ぼんやり色んなことを思い出したり 考える。

    酷な世の中に対して。"せめてもの"という思いか、あるいは、"しかしそれでも"か。逝った人が残したものは、周囲の人間に飛び火し またくすぶり 燃え出すのか。








    2016年も後半にさしかかり、焦る気持ちと悟ったような気持ちを 交互に感じています。

    近ごろ続く 世の中は無常 だと感じる出来ごともきっかけになり。やはり、つくらなければ自分が納得しないだろう。と、家で簡単な録音を繰り返しており それをきちんと形にしようと思っています。


    誰も関係なく、自分がただ歌えれば 曲をつくることができればそれで良いと傲慢なことを思っていましたが。
    こんな陽の当たらぬ私でも、自分の手元から歌を手放したいという気持ちから 誰かに聴いて頂きたい。と、そしてそれが誰かの凹の部分にハマってくれたら。そういう本音が出てきてしまいました。

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  • URC

    大阪mole musicにいく。東京の円盤田口さんの URCのオリジナル盤を見る、聴く、触る 第1回参加しに。


    感想から言うと、嬉しい時間だった。知らない方々ばかり、知識もほぼなかったですが。約7時間、小さい空間で延々と1966-68年当時の話を聞き、レコードを聴き、ジャケットを触り、ライナーノーツを読み。こんな贅沢な時間、私たち若者には中々用意されていないのでは・・などと思う次第でした。


    最初のほうで、
    当時その曲が大好きな人がつくったそのまんまが残っているのがレコード。
    というようなことを田口さんが言っており、なんかそれだけでぐっときた。


    当時の人たち、アンダーグラウンド(と、呼ばれるものがどこからどこを指すのか。)を求めた人たち、の音楽への。というより士気を高めるための音楽への、熱気と期待。業界の手の早さ。怒涛の流れを感じる。
    ジャックスがでてきた時の異様さ、何かが変わり 始まる予感。フォーククルセダーズの時代乱獲。ああいう音楽が売れる当時の日本に驚く。


    素晴らしい音楽って何なのか。
    藤原秀子「私の大好きな家」は素敵だなぁ と感じたが、1968-69のほとんどのURC作品が不意打ち。うわぁ、こう来るのか・・へぇー。えー何これ・・と。素敵な音楽を聴くということと 予想外の音楽を聴くことと。一致しないんだな・・


    そしてその日最後の〆、69年エイプリル・フール「エイプリルフール」。わぁ凄い。さすが、あーなんかもうすでに始まっている・・希望が沸く沸く。


    帰り着いて貰った資料を読み返し、今日聞いて考えたことを思い返しながらメモ。楽しかったなー。


    私なんかの文章では全然意味わからんと思いますが、備忘録として。

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  • ものごころ
       


    まだ赤ん坊に近い年齢の私が、孤独という言葉を知っていたはずはないが、ひとりなのだ、ここにこうしてしゃがんでいる自分は、ちゃんと生きていて、そうしてたったひとりなのだという心理がとてつもない心細さとなって体中を駆けめぐったのである。

    『物心つく』というのはきっとこんなことであろうと思う。己れが己れのみの心を持って、ひとりぽっちで耐えていかねばならぬことを知った時、他と己れとの境をいやおうもなく悟った瞬間、人は人となり得るのであろう。


    水木しげる 妖怪大裁判のあとがき、渡辺えり子(現渡辺えり) 逢魔が時に より。
    かくれんぼの鬼になった当人が初めて《孤独》を感じた日のことだそう。



    思春期の夜、重たーい時期、人の生き死にについてあれこれ考え(過ぎ)ていたらば あることに気がついて すとん、と落ち着いた というか 有無を言えなくなった日があった。
    それが "己れが己れのみの心を持って、ひとりぽっちで耐えていかねばならぬことを知った"時だったのだろうか とこれを読んでいて思った。
    そうとはいえ 皆、それぞれの孤独の消し方を持っているのだろう( 持っていなければ生きることが苦しみそのものだということがあからさまになってしまうだろうから)。それぞれに孤独の消し方があることに気づいたとき "他と己れとの境をいやおうなく悟"り、他人との差異を感じ、色んな人間がいることも知る。(差異を感じなければ色んなことは区別できないし解せない。)


    未だに道ばたの穴ぼこにストーンと落ち、這い上がり方がどうしてもわからない瞬間がやってくる。そのたびに自分のクドさとひねくれを思い知る。
    他人の文章を読んで這い上がり方を思い出すことは結構あり、そういう時は、自分の枠にハマるものを必死で無意識のうちに探しているのやろうなーと最近思います。

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  • やさしい風
    空気が生暖かい。1年の季節を24に分けると、もうじき 立夏 という季節になるらしい。


    夏仕様の陽に射されながら歩いていると、小学校の校舎から男女の声で 翼をください  の合唱が聞こえてきて思わず足が止まる。

    小4、5と小学校の合唱部に所属していました。
    夏休みの合唱コンクールが近づくと小柄なおばあちゃんが指導にやってきていた。小柄なくせにスパルタで 鬼のような形相で小学生相手に叱りとばし、駄目出しの連続。何も言わなかったのはたしかコンクール前日と当日だけだった。クーラーもない教室で汗を身体からしぼり出しながら何時間もしごかれてました。

    そんな日々が楽しかったかどうかの記憶はないが、冴えない小学生時代で唯一感情の振り幅が大きかった日々のような気もする。



    誰が何を歌うのか、どれを選べば他人の胸に留まる歌になるのか、本人が決められることではないのかもしれない と、最近思うようになった。
    小学生がただ真面目に歌をうたっている姿や声だけでくらっときてしまうのは、良い意味でで意思表示がない空っぽさのせいなのでしょうか。あとはやはり、あの頃の心に戻ることはないことに気付かされる。


    当時コンクールの課題曲だった「やさしい風」という曲、今でもよく覚えている。作詞は当時の普通の小学生女子で、作曲グッチ祐三。良いうたです。ああいう単純なうたをしっくり歌えるのは、ほとんど小学生くらいまでなんだろうな・・。

    だから大人で単純な言葉を歌にできる人間は、余計に響きます。





    それにしても、この大げさな表情って凄いな。
    私も必死に頬をあげながら歌っていたら、同じ合唱部の子に「さくらちゃんの表情が怖いです」と言われてしまい、それなにり必死にやっていたので かなりヘコんだ記憶がある。今思えば怖いけど。

     

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  • 近況②


    ①伊丹十三監督作品を引き続き お葬式、マルサの女、とみる。
    人生、悲しみや怒りが頂点にあるときも 間抜けな不真面目なことが転がっているのを この人は見ているのかな、と思います。


    ②神戸の元町高架下にあるレコ屋に行く。神戸の三宮〜元町は思ったよりも雑多感がすごい。京都の清楚さに慣れてきているのか、ゴタゴタしているなぁと思いました。
    しかしレコード屋や古着屋などはガチャガチャしていてナンボ。所狭しとキュウキュウに並べられた?いや、散らかったレコード探すの最高です。


    ③ギター買いました。
    先日のミシオさんの演奏にわかりやすく触発され、2年ぶり エレキギターの感触を味わう。変な衝動癖がでて、ライブの4日前に買う。
     
    試行錯誤は希望です。
    もっとひとりで出来ることを増やしたい。しかしそれに比例して他人と一緒に 出来ることが増えるのが一番良い。言い換えれば他人とひとつのものをつくる為に私の拙い技術や能力をあげねば、と思うところです。
    と ひとりでぐるぐる考えてもしょうがないっちゃしょうがない。

    ④地震があってからやはりどうしても気になってしまうので、色々取りに行くのも兼ねて近々別府に帰ろうかな と思っています。演奏が出来れば尚良いのですが。

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